私の本棚

清水ひろしが最近読んだ本をご紹介いたします。

『ホテルうらうら 汐待ちのとき』 十三 湊 著


私の本棚 180

    出版社:角川文庫

広島県福山市にある鞆の浦は、古くから「風待ちの港」「潮待ちの港」と呼ばれてきた場所。そこにある「ホテルうらうら 汐待ちの宿」を舞台にした連作短編集。

恋人のこと、旧友とのこと、娘のことに悩む女性の宿泊者たち。彼女たちは、ホテルのオーナーである御手洗の占いと、スタッフ女性の倉石からの接客を受けることによって、抱えた荷物を少しだけ降ろせるようになる。

「まだ起こってもいないことで悩まない」
「自分に変えられないことで悩まない」
「もともとちがうものなのだから、わかりあえるはずもない」
「生きていると、人の意思ではどうしようもない流れがあり、決して交わることのない流れもある。たった一度の大きなよい波にも、そのときにはそれを気づけず、乗ることができない。本当に、ままならないことばかりだけれど、そういうものだと今は思っている。波にうまく乗れなかったとしても、それはそれで仕方ない。その失敗を糧に、少しだけ賢くなった自分が、次にやってくる波に乗ればいい」

流されてしまうのと、流れに身を任せるのは違う。肩肘張らず、流れに身を任せるときがあってもいい、と著者は言っているような気がします。

『有罪、とAIは告げた』 中山七里 著


私の本棚 179

    出版社:小学館

裁判官の過去の裁判記録を入力すると、判決を下すことが出来るAI裁判官〈法神2〉が、中国から提供された。試みとして、過去の裁判を判断させると瓜二つのものが出力された。

そんな折、18歳の少年が父親を刺殺する事件について、公判前に〈法神2〉に判決を求めた結果、死刑と下される。それを知った実際の裁判官、裁判員はどんな判断をするのか。

AIについて、登場人物たちが次のように評価しています。
「過去のデータに準拠しているので、新しい概念を生成はできない。分析や再構築ができても創造ができない」
「人は新しい概念を生み出せるが、AIがまだそのレベルに到達していない」
「常態性、同一のパフォーマンスを求めるならば、ヒトよりもソフトのほうが優位」
「AIがスキルを上げれば上げるほど、ヒトは遂には考えることさえ放棄するようになる」

そして、AIは事務作業効率化までなのか、判断まで導入するのかについて、以下のように投げかけています。
「判断に迷って、先に法神の判例文を読んでから自分の意思を確かめる、つまり、カンニングのような真似をするようになった場合、俺の自主性は保たれていると言えるのでしょうか?」
「いくらAIが高性能であろうと、いくら自分の人格と瓜二つであろうと、裁判官は悩むことから逃げてはいけないと思うのです。裁く側も裁かれる側と同等に足掻き煩悶する。被害者の無念に寄り添い、被告人の心情を理解する。そういうプロセスを経てこそ人が人を裁くという傲慢の免罪符になり得るのだ」

小説としてはAI判決というより冤罪?という気もしましたが、将来、われわれはどうAIを使っていくのか、使われてしまうのか、考えさせられる一冊です。

『会社は「本」で強くなる マネーフォワード 全社で取り組む「読書経営」』宮本恵理子 著


私の本棚 178

    出版社:日本経済新聞社出版

(株)マネーフォワードの組織文化として息づく読書について、グループCEOの辻庸介氏や、社員への取材をもとに書かれた一冊。
成長する企業の中で、読書がどのように活用され、文化として定着してきたのかをひもといています。

辻氏は、読書によって問いを育てることが、正解のない時代を生き抜く企業にとって欠かせない力であり、読書とは「経営における基礎体力」「問いの生成装置」「思考の土壌」だと述べています。ここでいう読書とは、単なる個人の教養や自己啓発ではなく、「問いを持ち、本を読み、実践し、対話する」という営みのことです。

(株)マネーフォワードには、「実行する」という経営にとって必要なことが、読書からのサイクルとして定着しています。

『移動する人はうまくいく』 長倉顕太 著 


私の本棚 177

    出版社:すばる舎

著者は、人は「環境→感情→行動」の順番で動く、とまず述べています。ゆえに、まずは環境を変えることが必要であり、人は環境に慣れていく生き物であるので、まだ見ぬ人、出来事、場所、何かに出会う体験をしろ、つまり「移動しろ」と訴えています。

他人の目など気にせず、見切り発車でもどんどん動くこと。そしてもっとも重要なのは、淡々とやり続ける力であり、行動を起こすことによって、人生は変わる、と呼びかけています。

『私の馬』 川村元気 著 


私の本棚 176

    出版社:新潮社

主人公は、造船会社に勤務し、工場の総務部で25年働く瀬戸口優子。労働組合の経理も扱っている。一言も発しない「彼女」は、乗馬倶楽部の一頭の元競走馬と「分かり合えた」と感じ、その馬「彼」に金も情熱も全てを注ぎ込んでいく。気づけば、「彼女」は労働組合の億を超えるお金に手をつけていた。

寂しさ、恋愛感情、思い込み、体で感じるコミュニケーション・・・、そんなことが描かれています。

小説の最後「そこにいたのは清々しいほどに、ただの馬だった。」は、現実の世界へ戻してくれる一行になっている気がします。

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川村元気『私の馬』(新潮社刊)

『Z世代は戦後初めて銃をとる世代になるかもしれない』 丹羽宇一郎 著


私の本棚 175

    出版社:東洋経済新報社

人類は悲惨な戦争体験をしても再び戦争を起こし続けており、未来にも戦争が起きることは避けられない、そう考えるしかない、と丹羽氏は述べたうえで、戦後80年を経て戦争が記憶ではなく記録となってしまったことによって、日本が戦争に近づいていくことの危うさ感じています。

なぜなら、平和とはバラ色の世界ではなく、緊張と忍耐、妥協と譲歩、望まぬ話し合いの連続を強いられ、うんざりする不愉快な努力を休まず続けなければならず、戦争をするよりも辛抱を強いられる面白くないことだからです。

しかし、それでも戦争によって多くの人命を失い、すべてを破壊してしまうよりは、はるかにマシな辛抱であり、不愉快な平和にも耐える強靭さ、戦争をしない忍耐を持ってほしい、と訴えています。

『相馬眼が見た夢 岡田繁幸がサンデーサイレンスに刃向った日々』 河村清明 著 


私の本棚 174

    出版社:講談社

2025年度JRA賞馬事文化賞受賞作。競馬ファンには「マイネル軍団総帥」として知られた故 岡田繫幸氏の生涯を記したノンフィクション。社台グループ、種牡馬サンデーサイレンスが競馬界を席巻するなか、それに追いつき、追いこそうとした意欲、ダービー制覇への執念、地方競馬と中央競馬の格差解消に挑み続けた熱意など、壮絶な人生が描かれています。

『カフェーの帰り道』 嶋津輝 著


私の本棚 173

    出版社:東京創元社

第174回直木賞受賞作。作者の嶋津輝氏は荒川区出身。

上野にある「カフェー西行」を舞台に、関東大震災の二年後から終戦後までを描いた5編の連作短編集。
主人公は、そこで働く女給たち。それぞれに何かを抱えながら暮らすさまを、「きっとこんな人だ」と読者が想像出来るよう描写しています。また、戦争が、その時代に生きる人にどういう影響を与えたのか、日本で生活を営む女性はどんな気持ちであったのか、日常を描きながら表現しています。


カバー図案:「美術海」(C)芸艸堂 / 装幀:鈴木久美

『外国人急増、日本はどうなる?』 海老原嗣生 著


私の本棚 172

    出版社:PHP新書

外国人に関わる誤解や、日本の人口減少と人手不足について記しています。そのうえで、外国人を新規に受け入れる数、期限が来たら帰国してもらう数、日本に永住する数、これらをルールや基準を設けることによってはっきり将来像を示し、外国人材戦略をもっていくことが必要だと述べています。

『外国人急増、日本はどうなる?』海老原 嗣生著(PHP研究所)

『いちばんうつくしい王冠』 荻堂 顕 著


私の本棚 171

    出版社:ポプラ社

ある日突然、目が覚めると見知らぬ体育館に集められた赤の他人の中学生8人。演劇を完成させなければ帰れない、と着ぐるみを着た人物に告げられる。

8人は、閉じ込められた生活で劇の練習を進めるうちに、誰かを傷つけて恨まれている、という共通点を持っていることに気付く。劇が完成に向かうにつれて変わっていくそれぞれの心を、主人公ホノカの視点から描いています。

犯した過去にどう向き合うのか、自分で考え気付くことが大事、そして、人と人がこじれたときの解決は、必ずしも仲直りではなく、まずは関係を断つということも一つ、ということなのか。

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