私の本棚

清水ひろしが最近読んだ本をご紹介いたします。

『ブルーマリッジ』 カツセマサヒコ 著


私の本棚 146

    出版社:新潮社

テーマは「無自覚な加害」
主人公は同じ会社に勤める二人。大学生時代から付き合っている同棲相手にプロポーズをする雨宮守と、妻から離婚を迫られ、社内ではパワハラで通報される土方剛。人事部の雨宮が営業部の土方を事情聴取する。

雨宮が婚約者にしてきた言動、大学時代に同じサークルの女性に行った仕打ち、土方の妻を全く顧みない生活、部下への指導という名の行為。二人の男性は無自覚に女性を傷つけ、忘却している。

上司である人事部長が雨宮に次のようの言うシーンがあります。
「今思えばあれは相手を傷つける発言だった、と後から気付くものもありますし、今もまだ自覚できない加害も、きっとあると思います。前にも話したと思いますが、そもそも僕はこの国に男性として生まれて、異性愛者である時点で、無自覚なところでたくさんの特権を持って生きているんですよね。それを当たり前のように行使するたび、誰かを傷つけているんじゃないか、と考えれば、もうこの社会で男性として生きることは、それだけで加害性を帯びている、ということとほぼイコールなんじゃないか」

雨宮は婚約者から過去の話をされ、「過去は捨てられない。拭えない。加害の過去がある自分には、その過去を棚に上げてまでして、声高に善や正義を叫ぶ権利もない。それでも、みんなで声を上げていかないと、たぶん男は、この男性中心社会は、変われない」と思いはじめていきます。

『うちの父が運転をやめません』 垣谷 美雨 著


私の本棚 145

    出版社:角川文庫

高齢ドライバーによる事故のニュースを見て、故郷に住む78歳の父親のことが気になった主人公の猪狩雅志。
父親に免許返納を迫るものの反発にあう。両親をはじめ車なしでは生活が難しい田舎の実情、サラリーマン人生のこの先に不安を覚える主人公、農業の道に進みたいと考える高校生息子の息吹。雅志は会社勤めを辞めて両親の暮らす故郷に戻り、移動スーパーの運転手として働きはじめ、そこに暮らす住民のために役立っていることに充実を感じはじめる。

小説の中で息吹は「誰もがいつかは高齢者になることを、みんなが気づくべきだ」と言い、解説では国際政治学者の岩間陽子氏が「リセットすべきは価値観だ。未来像だ。私たちの幸せは何か?どこへ向かって走っているの?一体どんな暮らしがしたいの?と問うべきなのだ」と述べています。

『訂正する力』 東浩紀 著


私の本棚 144

    出版社:朝日新書

「じつは・・・だった」という「訂正する力」は、現状を守りながら変えていく力のことであり、過去との一貫性を主張しながら、実際には過去の解釈を変え、現実に合わせて変化する力だ、と著者は説明しています。そして、ルールを変に解釈する人間が出てきた際にも、この力がないとものごとは続かなくなる、と述べています。

そのうえで、歴史記述についても、過去を訂正しながらゆっくりとまえに進んでいくことが大事だ、と記しています。

また、ゼロかイチか、過去を否定するか肯定するか、リセットするかなにも変えないかの対立の議論になってしまう、日本の風土を変えなければならないとも訴えています。

『発達障害の人の「就労支援」がわかる本』 監修 梅永雄二 / 『大学生の発達障害』 監修 佐々木正美・梅永雄二


私の本棚 143

    出版社:講談社

発達障害は特性であって、正しい理解が不足しているために障害となる。まずは、本人とまわりの人が特性を理解することがなにより大切である。そして、特性による困難を自分の力だけで克服していくことは難しいため、支援を受けることを勧めています。また、発達障害の人の働きづらさは、仕事そのものよりも日常生活や対人関係などから引き起こされている場合が多い、とも述べています。

イラストや図解を使って、就労サポートや企業側のとりくみ方、大学側の対応の仕方などが示されています。

『Z世代化する社会』 舟津 昌平 著


私の本棚 142

    出版社:東洋経済新報社

不満ではなく不安を抱えている、周りに囚われ何をするにも横をみる、怒られることがなくなった・・・。
若者のこうした背景にはオトナの事情があることを、筆者は指摘しています。

そのうえで、これら「イマドキの若者」は時代を反映したものであり、Z世代の異様さは先取りしているのであり、いずれどの世代もそうなっていく、つまり、われわれの生きる社会そのものの写像だ、と述べています。

『発達障害の人が見ている世界』 岩瀬 利郎 著 


私の本棚 141

    出版社:アスコム

発達障害の人たちのさまざまな言動の事例を、イラストを使いながら分かりやすく説明しています。
そして、精神科医である著者は以下のように述べています。

〇日本ではおおよそ20人に1人がADHD(注意欠如・多動症)、100人に1人がASD(自閉スペクトラム症)と言われているが、発達障害とは病気や性格ではなく脳機能の特性であり、本人の努力だけでその言動を改めることは難しい。

〇発達障害の特性を持つ人と、定型発達の人とでは、物事の受け止め方、感じ方が、かなり異なる。したがって、まず何より本人と周囲の人々が、特性によって起こってしまっていることだと理解をし、そのうえで、適切なコミュニケーションをとること、環境を整えてあげることが大切。無理に変わらせるのではなく、本人たちができること、得意なことを伸ばし、苦手なことはカバーしてあげる対応が必要。特性を上手に引き出せれば、定型発達の人と同等もしくはそれ以上の能力を発揮する、大きな可能性を秘めた人たちです。

〇ASD、ADHDに共通して注意が必要なのが、精神疾患を併発してしまう二次障害(パニック障害、強迫性障害、社交不安障害、うつ病、双極性障害、睡眠障害、パーソナリティ障害、愛着障害、依存症、摂食障害など)。

『私の実家が売れません!』 高殿円 著


私の本棚 140

    出版社:エクスナレッジ

親が亡くなった後の誰も住んでいない実家の空き家は、社会問題の一つになっています。

郊外にある築75年のボロ戸建て空き家、再建築不可物件という実家を自ら売った経験を、ユーモアを交えて綴ったエッセイ。著者は「実家じまい」は気持ちの問題、結局人間のメンタルの問題が大きいとも記しています。

『令和元年の人生ゲーム』 麻布競馬場 著


私の本棚 139

    出版社:文藝春秋

四話で構成されている小説全体の主人公は沼田。彼の大学生時代(平成28年)、入社後(平成31年・令和4年)、退職後(令和5年)を通して、意識高い仲間や同僚たちのなかで生きる、Z世代の人生観や仕事観、結婚観を描いている。

沼田の発言から
〇「他人からの評価に右往左往させられるなんて、この世で一番馬鹿らしいことですから。・・・実際は何もせずにのんびり暮らしているぐらいが、僕の理想なのかもしれないなぁ」
〇「そうやって自分や他人に期待しちゃって、最後の最後に裏切られたりしたら、死にたくなるほどみっともないでしょう? そうなるくらいなら、僕はやっぱり何もしないほうがマシだと思います」
〇「頑張っても必ずしも報われない社会で疲弊するよりも、日々に小さな幸せを見つけたほうがいい」
〇「そもそも、別に結婚願望みたいなものもないですしねぇ。だって、考えてもみてくださいよ。ある時点での自分の判断で、未来永劫自分を縛り続けるだなんて、あまりに馬鹿げていませんかぁ? 人間も身勝手ですよ。僕は少なくとも、他人に期待しないことにしていますから」
〇「人間は価値を生むための装置でもないし、競争で勝つための機械でもないんですよ。君は他人の目を気にしすぎてるんじゃないですか? 僕みたいに下らない人生ゲームから降りてしまって、コースの外でのんびり猫でも撫でているほうが幸せですよ」
〇「脇谷くんは価値ある人間であることに固執しすぎです。やるべきことが見つかるか、それが向こうからやってくるまで、当面はのんびり過ごしましょうよ」

『令和元年の人生ゲーム』 麻布競馬場 著 文藝春秋

『今日も明日も負け犬。』 小田 実里 著


私の本棚 138

    出版社:幻冬舎

起立性調節障害によって中学校に通えなくなった西山夏実。登校する保健室で生気を失った蒔田ひかると出会う。ひかるを笑わせる、という夢に向かい、前に歩き出し奇跡を起こす。症状を抱える夏実の生きづらさや孤独感、自殺手前まで追い込まれる精神状態、家族の辛さが描かれた、実話に基づいた小説。

起立性調節障害(通称OD)*本文より
〇血圧や脈拍に異常が生じる自律神経の病気である。思春期の子供に多く見られる疾患で、全国の中高生のうち約七十万人が発症しており、不登校の三~四割に起立性調節障害の関与が推定されている。しかし、周囲の認知度と理解度が低いため、サボりや怠けと誤解され精神的に追い込まれている人が全国に多数いるのが現状である。
〇「朝起きられない病気」と言われる起立性調節障害の子は朝、血圧が極端に低いため、自分の意志だけでは起き上がることができない。逆に夜にかけて低くなるべき血圧がいつまでも低くならないため目が冴え、元気になり、深夜になっても自分の意志だけでは寝ることができない。また午前中は、めまい、全身の倦怠感、食欲不振、動悸などさまざまな症状が起床と同時に訪れる。重度の場合、思考力、判断力、集中力の低下などの症状も現れる。これらの症状は午後には回復していくため、周囲の人に誤解や間違った認識をされ助けてもらえないケースがほとんどである。
〇現在の日本ではすぐに効く薬や明確な治療法はなく、起立性調節障害の子供は当たり前のことができなくなっていく屈辱と、起床と同時に訪れるさまざまな症状、そして周囲に理解されない現実に毎日苦しんでいる。その苦しみから孤独を感じ、時にはそれが虐めに繋がり、最悪の場合には自殺という形でこの世を去ってしまう若者もいるのである。

『スピノザの診療室』 夏川草介 著


私の本棚 137

    発行 水鈴社/発売 文藝春秋

主人公の雄町哲郎は、内視鏡に長けた将来を嘱望される大学病院の医師だった。しかし、亡くなった妹の子である龍之介と暮らすため、京都にある小さな原田病院に内科医として勤めることを選ぶ。そこでは診察だけでなく往診も行っている。

その診察や往診対応、大学医局から研修にやってきた若い女性医師とのやりとり、甥の龍之介との生活を通して、医師としての考え方、命との向き合い方を描いている。

スピノザはオランダの哲学者。主人公は作品のなかで、スピノザは「人間にできることはほとんどない、それでも努力しなさい」と説いているんだ、と述べています。

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『スピノザの診療室』 夏川草介 著 発行 水鈴社/発売 文藝春秋

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