私の本棚

清水ひろしが最近読んだ本をご紹介いたします。

『関東大震災』 吉村昭


私の本棚 81

      出版社:文春文庫

    大正12年 1923年9月1日に発生した関東大震災から来年100年となります。この作品には、火災旋風、密集によるその被害の拡大、流言等、その時何が起きたのかが詳細に記されています。

    災害時に起きる事象、人の心理状態や意識・行動といったものも踏まえた防災対策の必要性を、あらためて認識しました。

『緑内障の真実』 深作秀春


私の本棚 80

      出版社:光文社新書

    緑内障とは、原因不明だが、シンプルにいえば、「様々な原因で起こる視神経障害を含む病気の集まり症候群」であり、正しい知識が重要だ、とまず述べています。

    患者は少なくとも600万人以上、軽い患者を入れると視神経障害は1000万人以上と推測され、今後さらに増加すると言われています。早期や中期では点眼剤が重要であり、手術については、末期になる前にいい医師の手術を受けるべき、と指摘しています。

    そのうえで、100歳まで生きる現代において、緑内障によって70歳代80歳代で失明するようにならないよう、眼科外科医の重要性を訴えています。

『22世紀の民主主義』成田悠輔


私の本棚 79

      出版社:SB新書

    著者は、民主主義的な国ほど、経済成長が低迷し続け、民主主義の劣化が加速度的に進んでいることを、まず指摘している。

    そのうえで、解決するためには選挙や政治、そして民主主義というルール自体をどう作り変えるかであり、その一つとして、政治家の要らない、アルゴリズム(問題解決のための手順をコンピューターのプログラムとして実行可能な計算手続きにしたもの)による意思決定を提案しています。

    私たち一人ひとりが民主主義と選挙のビジョンやグランドデザインを考え直していくことが大事だと述べています。

『レーテーの大河』 斉藤詠一


私の本棚 78

      出版社:講談社

    物語は終戦直前の満州から始まります。2人の陸軍軍人によって助けられた3人の子ども。時代は流れ、この2人と3人が、やがて昭和39年の東京オリンピック前に出会うことになります。

    ストーリーは、列車からの転落事故死をきっかけに展開されていきます。

    昭和20年8月15日に終戦となり、そして復興の象徴となるオリンピックを迎え、多くの日本人はその過去を忘れて、あるいは全てを飲み込んで戦後生きていった。一方で、飲み込めない、飲み込まない人たちもいた。その思いが登場人物に描かれています。

『人の心に働きかける経済政策』 翁邦雄


私の本棚 77

      出版社:岩波新書

    経済学では、人は合理的期待に沿って最適化行動をとる、という前提のもとに考えられています。しかし、人は、利益よりも損失の痛みを強く感じたり、過去の出費にこだわった判断、社会規範や他人の目といったことなどから、実際にはそうとは言えない判断と行動をとります。

    著者は、人がとる行動を踏まえた行動経済学の視点を指摘しています。

『デジタル・ファシズム』 堤未果


私の本棚 76

      出版社:NHK出版新書

    デジタル改革の名のもとに、日本の国家機密や個人情報が他国や海外巨大企業に流出していくことを指摘しています。怖くなります。
    また、我々は自ら選んでいるつもりでも、実は、情報を提供している私企業によって選ばされていると述べています。

    著者は教育分野でのデジタル化にも触れ、情報過多によって想像力が狭まることを懸念したうえで、GAFAは個人情報やプライバシーだけではなく、私たちが自分で自分の行動を決める「未来を選択する権利」をも奪っていると述べています。

    なお、自分で情報を探すことの重要性を実践している例として、荒川区の学校図書館活性化計画が取り上げられています。

『なぜ日本の野党はダメなのか?』 倉山満


私の本棚 75

      出版社:光文社新書

    政党についての戦前から現在に至る流れと時々の動き、あわせて各党への批判が記されています。

    一瞬にして言動が変わるのが自民党政治の真骨頂だと指摘し、過去の言動などなかったことにするのが伝統と化している。しかし、有権者の選択肢がないため、むしろ「自民党を批判しても仕方がない」との風潮にまで至っていると述べています。

    そのうえで、「最低でも二つの選択肢がなければ、選挙などやる意味がありません。選択肢が一つしかないということは、一党優位を生みます。そして、その一党は無限大に腐敗します。代わる選択肢がないので、何をやっても与党でいられるからです。健全な批判勢力があるから民主政治です。政権担当可能な野党第一党があるから、与党も油断できない。それでも弛緩するなら、選挙で与党から叩き落とせばいい。」と論じています。

    そして最後に、もう「野党がダメだから自民党に入れるしかない」という政治は嫌だと有権者は主張すべきだと、まとめています。


    「倉山満『なぜ日本の野党はダメなのか?』 / 光文社新書」

『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』椎名 美智 


私の本棚 74

      出版社: KADOKAWA/角川新書

    「させていただきます」を耳にする場面に違和感があります。
    議会でも「質問させていただきます」「答弁させていただきます」など多く使われています。

    この本は、「入籍させていただきます」「謝罪させていただきます」等の例をあげ、「させていただく」が氾濫しているとまず指摘しています。そのうえで、「させていただく」が使われることに否定的な方が多いのに、なぜこれだけ多く使われているのか、ということを以下のように述べています。

    ○文化庁の「敬語の指針」によると、「させていただく」の適切な使用条件は、自分以外の許可と自分に恩恵があることと記されています。ところが、「~いたします」「お~する」に敬意漸減(使われているうちに敬語の敬意がすり減っていく)が起こり、使いにくくなってしまった。そのため、本来相手に敬意を向ける謙譲語「させていただきます」は、自分の丁寧さを示す丁重語としていまは使用されています。

    ○敬語とは、そもそも尊い他者に対して敬意をむけるものでした。しかしいまや、人々は敬意を他者に向ける代わりに謙虚な自分を示すことにひたすら注力をしています。そう考えると、現代日本語の敬語が行き着く先にあるのは、敬意が他者へ向かない敬語、他者を必要としない敬語かもしれません。

    ○言葉は、それぞれの時代に生きる人々の感覚や距離感に合わせて変化していくものであり、使われれば使われるほど敬意がすり減り変化していくのは仕方のないことです。
    敬語自体の変化は、社会と自分との関係、自分と他者との関係の変化を反映したもので、「させていただく」の頻出は、そうした変化の最先端に位置している現象だといえます。

    ○「させていただく」ブームは、日本語の敬語が敬意漸減のために次々と交代して辿り着いた現在の到着点であり、連綿と続いてきた敬語の歴史的変化の結果といえます。

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    『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』椎名 美智 KADOKAWA/角川新書

『ラブカは静かに弓を持つ』 安壇美緒


私の本棚 73

      出版社: 集英社

    子どもの頃に誘拐未遂されたことから、今も不安を抱えて暮らしている主人公の橘樹。仕事として潜入調査のために通い始めたチェロ音楽教室であったが、先生や生徒と関わることによって、自分の壁を乗り越えようと変化する主人公の心を描いた作品。

    人は、相手やその場に安心を感じたときにはじめて、自分の話をしても大丈夫なんだ、と自己開示が出来る。それが信頼であり、その無数の信頼の重なりの上に、人間関係は構築される、と登場人物の一人が述べています。

    それは、たとえ騙すために接した相手であってもです。ふと、映画「ローマの休日」を思い出しました。

『震える牛』 相場英雄


私の本棚 72

      出版社: 小学館文庫

     
    「食品偽装」「ショッピングセンターばかりになる地方都市」という社会問題を扱った警察小説。
    真面目な現場捜査員対して幹部の狡猾さが、勧善懲悪を期待した読み手の予想を裏切ってくれる。

    「幾度となく、経済的な事由が、国民の健康上の事由に優先された。秘密主義が、情報公開の必要性に優先された。そして政府の役人は、道徳上や倫理上の意味合いではなく、財政上の、あるいは官僚的、政治的な意味合いを最重要視して行動していたようだ」という一文が出てくるが、「理不尽」「不条理」「矛盾」といったものが小説全体のテーマとして描かれています。

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